学会紹介

令和4~5年度理事長挨拶

理事長就任にあたり


一般社団法人日本障害者歯科学会理事長 小笠原正

一般社団法人日本障害者歯科学会理事長 小笠原正


このたび理事会および社員総会において新理事長に選出されました小笠原正です。大変光栄に存じますと同時に重積に身の引き締まる思いです。本学会の発展のためにベストを尽くす所存ですので、どうぞよろしく御願い申し上げます。


日本障害者歯科学会は、前身である「日本心身障害児・者歯科医療研究会」(初代理事長 上原進 先生、名誉会員)が1973年に発足してから49年目、1984年の障害者歯科学会の発足から39年目となります。これまで諸先輩方が日本の障害者歯科医療の確立に貢献され、着実に発展してきました。しかしながら、2020年から始まった新型コロナウィルス感染症のパンデミックにより歴史に残るような災害となり、教育、医療、経済など社会に甚大な影響を及ぼしました。本会の活動も認定医試験の分散会場での実施、理事会や委員会はWeb会議、セミナーもWebとなり、様々な活動を変更せざるを得ませんでした。多くの活動が非対面型コミュニケーションへとなり、人間関係が希薄になる心配がありますが、逆にコロナ禍による対面活動の縮小をチャンスに変え、これからも障害者歯科医療の発展を進めていくことが重要です。

会の運営を考えるうえで、改めて原点を見直ししました。1980年の障害者歯科学雑誌1巻1号の巻頭言で故 酒井信明先生が「障害者を医学、心理学、教育学、社会学、法学、福祉学等々おびただしい認識分野からの情報を用いて知り、これを整理したうえで、歯科医療の舞台に動員しなければならない。これが心身障害を背負って人生を旅する人たちの福祉に貢献するための我々の精一杯の活動だろう」と記載されていることを緒方先生も巻頭言で引用されています(34巻1号、2013)。この言葉は、現在も生きています。そしてさらに経験をまとめ、整理し、実践で活かしていけるようにしていくことも私たちの使命です。つまり地域の会員が障害者歯科医療を安心、安全に取り組めるように建設的な活動を行っていくことです。会員が安心・安全な障害者歯科医療に取り組めるように地域医療のための環境作りこそが障害のある人への貢献だと考えます。

本会は、常設委員会が17委員会,諮問委員会が10委員会、計27委員会があります。そのなかで認定医委員会や専門医委員会は会員の研鑽の機会を提供し、その成果として認定医や専門医を取得できますが、日本歯科専門医機構による専門医制度も動き出すことになります。老年歯科、有病者歯科、障害者歯科の専門医として障害者、高齢者、要介護者、全身疾患を有する者などの歯科医療を担えるような専門医(名称未定)を認定し、広告可能な専門医として位置づけられるようになります。また国際障害者歯科会iADHのFellowship(認定医制度)も始まりました。日本障害者歯科学会の3年以上の会員資格で申請できます。診療ガイドライン委員会からの「小児在宅歯科医療の手引き」や「歯科診療ガイドライン」、広報委員会からの毎月の情報提供、用語委員会からの用語集などを皆様へお届けします。医療福祉連携委員会から視覚素材の提供、会員からの相談体制の確立、地域医療委員会は地域医療の発展と向上のために各地域での出前講座の開催、地域医療の問題点の抽出と対応について検討していきます。各委員会は、課題を持って2年間取り組んでいきます。

今秋、第39回日本障害者歯科学会総会・学術大会は岡山大学の江草正彦教授を大会長(準備委員長 岡田芳幸先生、実行委員長 森貴幸先生、尾田友紀先生)として中国地方障害者歯科臨床研究会が担当し、2022年11月4日(金)~6日(日)に倉敷市民会館・倉敷アイビースクエアで開催されます。11月の感染状況の見通しがわからないなかで様々な状況を想定して準備されています。テーマは“「いきる」を支援する歯科医療―地域医療と福祉の連携―”です。コロナが収束して皆さん一同が介して懇親を深めることができることを祈念しています。

令和4年3月



平成30~令和元年度理事長挨拶

障害者歯科の地域力を高めて世界へ


一般社団法人日本障害者歯科学会理事長 弘中祥司

一般社団法人日本障害者歯科学会理事長 弘中祥司


このたび,新理事長を仰せつかりました昭和大学の弘中祥司(ひろなか しょうじ)です.どうぞよろしくお願い致します.今年の夏まで,国際障害者歯科学会(iADH)の理事長も兼務いたします.大変な重責ですが,我が国の抱えている地域格差の是正と同様に,世界にも格差があり,その是正には国も地域も超えた原動力が必要であり,日本の優れた医療制度とこれまでの本学会からの研究業績(実績)に支えられて,鋭意取り組みたいと思っております.

新理事長の抱負としまして,以下の3点を挙げたいと思います.

1)どこでも等しく良好な治療が受けられること
これは,本学会の大きなテーマであり,学会の進むべき大きな道標だと思います.診療ガイドライン委員会を新たに立ち上げ,会員の進むべき道をまず作ろうと思っております.また,既存の地域医療推進委員会や生涯研修委員会で地域格差の溝を埋める役割を果たしてもらいます.同時に認定医・専門医委員会でも,より高い専門性について見直しを進めたいと考えております.

2)関連学会との連携を強化する
本学会の歴史は,日本口腔衛生学会・日本小児歯科学会・日本歯科麻酔学会・日本老年歯科医学会・日本摂食嚥下リハビリテーション学会・日本歯科衛生学会等(敬称略)との連携が密に取られていますが,医科歯科連携医療が叫ばれている昨今,より医療や福祉の関係団体との交流を深めていきたいと思っております.また,日本歯科医師会・日本歯科医学会とも歩調を合わせて,適正な医療技術評価にも関与したいと考えております.同時に,アジアや世界との交流は2020年の東京オリンピックでも必須と思われ,地域力を高めつつ,世界へ発信できる学会へと躍進したいと考えております.

3)障がいを持つ方への利益の増進に寄与する
これまで,長い年月の積み重ねで,世界に誇れる歯科医療システムを構築できた我が国では,多くの経験の蓄積と標準化に貢献してまいりました.その業績の一つとして「スペシャルニーズデンティストリー(改訂版)」が本学会編で発刊されております.また,昨年の歯科医師国家試験・歯科衛生士国家試験の出題基準の改訂では,障害者歯科学および老年歯科医学の分野がより広く大きくなり,国民とくに障がいを持つ方への歯科医療のあり方が,より専門性を持ったと言えます.本学会は,一般社団法人として,研究・教育・臨床の研鑽を担っておりましたが,歯科医療サービスを受ける側との積極的な情報交換や情報発信をより盛んにしなければならないと考えております.今回,その意味からも公益社団法人への移行を委員会として立ち上げ,国民目線の障害者歯科学会を再構築したいと考えております.

現在,企画途中の案件も多くあり,やりたいと思うこともたくさんありますが,まずは福田前理事長からの懸案である災害マニュアルや用語集の改訂等に取りかかり,色々と厳しい時代ではありますが,学会財務の健全化も念頭において,ゆっくり,かつ周りをしっかり見て船出したいと思っております.会員の皆様からの直接のご意見もお聞きしたいと思います.どうか,ご理解の上,ご支援いただきたいと存じます.

今秋,第35回日本障害者歯科学会総会・学術大会が東京都中野区歯科医師会 山内幸司会長を大会長(準備委員長:小林 香先生,実行委員長:花岡新八先生)として,東京都中野区で11月16日(金)~18日(日)の会期で開催されます.東京都としては,大会を行っておりますが,今回はさらに23区主催の学会となります.大会のテーマは,「住み慣れた街から広げよう支援の輪」とされ,ライフコースに沿ったDown症の支援等,興味深い内容を企画されているようです.県庁所在地での開催が多い本学会において,新たな挑戦を引き受けていただいた中野区歯科医師会関係者に敬意を表するとともに,多数の皆様のご参加をお待ちしております.最後になりましたが,2018年は自分にとって忘れられない1年となりそうですが,会員の皆様におかれましても実り多き年となることを祈念いたします.


2018年1月



令和とともに学会のさらなる飛躍へ

一般社団法人日本障害者歯科学会理事長 弘中祥司

令和最初の年が明けました.令和とともに,本学会も飛躍の年にしたいと考えております.昭和の時代に産声をあげた本学会は,研究会という形からスタートし,平成の時代に地域歯科医師会の口腔保健センターの整備,各大学における障害者教育の充実,韓国や台湾との交流事業,そして『障害者歯科学』という教科書から『スペシャルニーズデンティストリー』という学会監修の教科書の出版そして改訂,さらにそれに伴う歯科医師国家試験における出題基準の整備を経て,現在では5,000名を超える会員数(正会員・準会員を含む)を有する学会へと変貌しました.これもひとえに,本学会の在り方に対する国民からの期待が大きいからであり,そのためにもさらなる変革が必要な時期が到来したと考えております.現在,公益社団法人化の作業,診療ガイドラインの整備,そして専門医機構へのヒヤリング,障害者歯科医療の実態調査等,急ピッチで進められております.

一方で,日本歯科医学会連合より,本学会を含む老年歯科,有病者歯科は「総合歯科専門医」に包括されるとの知らせが年末にありました.国民目線から,障害者にとって分かりやすい専門医を目指していた本学会においては,寝耳に水以外に他ならず,今後,日本歯科医師会や日本老年歯科医学会,日本有病者歯科医療学会と連携して,「特別な配慮が必要な患者」への総合歯科医像を検討することになります.本学会の会員の先生方には,ご理解頂ける場を設けたいと思っております.

さて国外に目を向けますと,本年は9月23~26日にメキシコ・アカプルコで第25回国際障害者歯科学会(iADH)が開催されます.前回のUAEドバイでの我が国の参加者は100名超でした.今回自分はiADHの理事長としての6年間の任期を終了することとなります.新しい我が国のリーダーシップを引き継いで頂ける人を待ち望んでおります.東京オリンピックの後,私たちも語学力を高めて,是非とも国際学会での発表を積極的に行って頂きたいと思います.

最後になりますが,昨年は大学の開催として,朝日大学の玄教授に岐阜市で盛大な学会を運営して頂きました.2,500名ほどの参加者があったと伺っております.長良川のほとりで,晴天に恵まれた岐阜ならではの楽しみを参加者の皆さんは堪能されたのではないかと思います.そして今年は,関東地方会の宮城先生を大会長として横須賀での開催となります.地方会主催での最初の大会となりますが,関東地域協力して,新しい試みを企画していることを伺っております.皆様の御参加をお待ち申し上げております.

おかげさまで私の理事長職も2期目に突入することとなりました.移りゆく時代の中で,新しい未来を皆様と一緒に作り上げられたら良いなと,心より願っております.来年は日本歯科医学会総会および日本障害者歯科学会,第2回AADOH(アジア障害者歯科学会:柿木大会長)併催の年となります.より良い学会の運営を目指して,本年も日本障害者歯科学会を何卒よろしくお願い申し上げます.

令和2年1月



平成28~29年度理事長挨拶

理事長二期目を迎えて


一般社団法人日本障害者歯科学会理事長 福田 理

一般社団法人日本障害者歯科学会理事長 福田 理


平成28~29年の2年間再度,理事長を拝命し,改めて私に与えられた責任の重みを感じつつ新しい年を迎えております.会員の皆様には,今後の学会運営に際し,今まで以上のご理解,ご協力,そしてご指導を頂けますようお願い申し上げます.最近,日本から,四季の細やかな移ろいが感じられなくなり,同時に,東日本大震災は言うまでもなく各地で想定外の豪雨,予期しない火山の噴火,地震と毎年のように大きな災害が起こっています.そのなかには常に障害者とその家族の生活があり歯科医療の支援を必要としている方々がみえることを忘れてはならないと思っています.

さて,一昨年,理事長をお引き受けした平成26年より,本会の次世代,そして次々世代を担う人材と地域における障害者歯科医療を担う人材の育成と組織強化,時代変化に即した学会活動を念頭に取り組んでまいりました.今期の理事会構成は,前理事の留任を基本とし引き続き会務にあたって頂き,各委員会の懸案事項に一定の目途を付けていきたいと考えています.そこで,副理事長には前副理事長の緒方先生と,本年4月の国際障害者歯科学会(iADH)大会後にiADH理事長に就任予定の弘中先生にお願いしました.理事総数25名のうち再任22名,新任2名,元理事1名で,その内訳は大学教員18名,地域医療従事者7名です.また,女性理事は6名,そのうち3名が歯科衛生士で女性理事は全体の24%を占めており,会務の継続性に加え,次世代の育成,男女共同参画,職種間連携,地域格差の解消などを念頭に理事会の構成を考えました.お預かりするこれからの2年間で前期事業の総まとめとして,以下の点を重点項目として会務を進めていく所存です.

本会が実施する教育,研修,認定事業は,障害者歯科医療の質の担保と専門性の向上,次世代を担う人材の育成と障害者歯科医療の地域格差解消には必要不可欠なものと考えています.一昨年来,各歯科大学・歯学部の障害者歯科学担当の先生方にご協力頂き,カリキュラム委員会が調査検討を進めてきた障害者歯科学のコアとなる教育内容の整理・抽出に1つの方向性が見えてきました.そこで今期は,カリキュラム委員会の業務を引き継ぐ形で恒常的に卒前・卒直後教育を調査検討する部門として教育検討委員会を新設し,歯学部学生に加え歯科衛生士養成校(大学,短大,専門学校)の学生教育について本会として検討を始めていきたいと考えています.また,生涯研修委員会を新設し,昨年度から開始した発達期の摂食嚥下研修会の企画・運営や教育講座の内容検討など会員の皆様の専門性向上に役立つ情報が提供できるようにしていきたいと考えています.

障害者歯科医療の質を担保するため本会には認定医制度と認定歯科衛生士審査制度がありますが,資格取得者の偏在と障害者歯科医療の地域格差が常に問題となっています.こうした問題解消の一助となればと,地域活性化事業として障害者歯科に関連する全国9地区の研究会に学術研修会開催のための補助事業を実施しております.また,昨年度より地域医療推進委員会が中心となって地域歯科医師会と本会の共催で歯科医療従事者を対象とした障害者歯科医療普及のためのセミナーを開催しており,今年度も引き続き実施していきたいと考えています.さらに,専門医制度導入については,国の求める新たな専門医制度や他学会の動向を見ながら導入に向けて環境整備を実施していきたいと考えています.

次に,国際交流の柱である第2次日韓アクションプランが今年度最終年を迎えます.そこで今回,日韓アクションプランを発展的解消し,東アジア諸国を含めた国際的な学術ならびに人的交流の場が提供できるような枠組みづくりについて韓国,台湾両国の障害者歯科学会と歩調を合わせながら検討に入りたいと考えています.

今後,本会の事業内容の多様化に加え日本歯科医学会の法人化に伴う本会の負担金の増額などに伴い予算規模の拡大が予測され,支出削減のための努力と工夫を続けることはもちろんですが,会費値上げのお願いをしなければならない時期が早晩訪れると考えております.本会は,スペシャルニーズのある方々の健康とQOL向上に私たちの専門性を通して貢献していくため,会員の皆様のお力をお借りしながら着実に歩んでいく所存ですので宜しくお願いいたします.

今秋,第33回日本障害者歯科学会総会・学術大会が埼玉県歯科医師会会長 島田 篤先生を大会長として,さいたま市で2016年9月30日(金)~10月2日(日)の会期で開催されます.多数の会員の皆様のご参加をお待ちしております.

最後になりましたが,2016年も会員の皆様にとりまして実り多き年となることを祈念いたします.


2016年1月



平成24~25年度理事長挨拶

理事長就任にあたって


一般社団法人日本障害者歯科学会理事長 緒方 克也

一般社団法人日本障害者歯科学会理事長 緒方 克也


八代目の本学会理事長への就任にあたり,改めて障害者歯科とは何かを考えてみました.その答えを探すにはこの分野がどのようにして始まり,どのように広がったかを知らなければなりません.その詳細は改めて紐解くとして,最初にこの分野に携わった諸先輩方は,それぞれに違った入口からこの道に入り,時を経て一堂に会した所が障害者歯科というステージだったようです.そこには障害者歯科学への歯科医師としての探究心だけでなく,どこかに他の領域にない何かひきつけられるものがあったのではないでしょうか.もっとも,携わったすべての先輩が,同じことに同じように感じたのではなく,それぞれの背景の中で感じるものがあったのだと思います.

ところで,障害者歯科学は社会歯科学の分野の一つです.社会歯科学とは教科書によると「歯科医療や歯科学を社会学の視点から考察する」と記されています.障害者歯科が社会歯科学の分野であるのは障害者という特定の立場の人を歯科医療の対象としているからです.その意味では高齢者歯科や小児歯科,有病者歯科も同じ分野の中といえますが,対象者の多様性と,医療でなく福祉の制度との関連が強いことから,障害者歯科は高齢者歯科と並んで社会歯科学としての臨床といえるのではないでしょうか.

障害者歯科学は障害のある人の口腔の特徴や機能の発達の特徴を研究するだけでなく,障害と口腔の特徴や機能の発達との関係を調査研究することにあります.また,医療という社会活動から見ても障害者への歯科医療という側面から社会性が強く,社会歯科学の分野とされる理由と思われます.つまり,障害者歯科学と歯科医療は社会歯科学としての要素を持っていながら,私たちは歯科医学や歯科医療としての障害者歯科を中心に経験し,学んできました.社会歯科学としての障害者歯科の研究は学会発表を見ても僅かでしかありません.障害者歯科の可能性の中に社会歯科学的研究の余地がまだたくさんあるのではないでしょうか.そのためには社会福祉や障害者福祉の論理,制度,さらに発達や特殊教育の制度を学ぶ必要があります.そこに障害者歯科学と障害者歯科医療の特異性があると思います.社会歯科学とは,社会学からの視点で歯科学や歯科医療を考察することです.

この社会歯科学としての分野の研究は私たちが慣れ親しんだ医学の研究やその手法だけでなく,心理学や倫理学,社会福祉学,経済学といった文学系の研究手法や論理の展開も理解しなければなりません.医学は日一日と進歩し,例えば最先端の臓器移植や遺伝子治療,再生医療なども社会医学としての研究と論点の整理が必要な分野と思います.これらの研究とその成果を臨床に取り入れながら障害者歯科が広がると,これまでとは違った幅と深さがでてくるのではないでしょうか.つまり,障害者歯科は歯科医学の範疇にとどまらない幅広い領域の学問と臨床活動になると思われます.そしてその研究や活動に関心と魅力を感じて障害者歯科を志す若い研究者や臨床家が多く育つことを期待したいと思います.

一方で,障害と脳機能との関連はすでに小児神経学や神経生理学,遺伝学で論じられていますが,この分野と障害者歯科とのコラボレーションもこれから期待されるところです.

話を最初に戻しましょう.障害者歯科とは何かの答えは,携わる人によって,あるいは経験の多少によって違った答えを持つと思います.ただ,このことを自問したことがなければ答えは見つからないままになります.障害者歯科を考える時,障害者から見た障害者歯科についても考えたいと思います.障害者側から私たちの歯科医療はどのように見えているでしょうか.障害者の日常生活では福祉サービスを利用する機会が多く,その延長に歯科サービスが存在するという考えはないでしょうか.特に,疾患の処置や治療でなく,健康管理が目的の通院は日常の福祉サービスと似ており,障害者にとっての地域の歯科医院は福祉施設にも似た存在といえるようです.

このように考えると,障害者歯科とはいろいろな意味を持った社会歯科学といえます.そのいろいろな意味の中の一つや二つの入口から入って,どこに辿り着くかはずっと後になってわかるのかもしれません.ただ,諸先輩の姿を見ていると,その背中にどんな道を越えてこられたかが見えてきます.これは歯科医師だけでなく,歯科衛生士でも同じことです.その道をなぞるように年月を重ね,途中から自分の道を拓くという生き方もまた素晴らしいものです.そしてそのような仕事の中には感動があります.感動のない医療はありません.もっとも,感動は与えられるのではなく感じるものですから,感じる心が育っていなければ感動に出会っても見逃してしまいます.

今期の学会運営に当たっては,前任者の向井美惠先生の事業を引き継いで,障害者歯科の地域格差の解消,専門医制度の確立,そして世代交代の道筋をつけることを中心に行います.加えて,学会30周年の事業企画を実践しながら,公益法人としての在り方や東アジアを視野に入れた活動としての将来計画,さらに障害者歯科のガイドラインの検討といった大きなテーマの基礎を築きたいと思っています.会員諸氏のご理解とご支援を切にお願いする次第です.



平成22~23年度理事長挨拶

理事長就任にあたって


一般社団法人日本障害者歯科学会理事長 向井 美惠

一般社団法人日本障害者歯科学会理事長 向井 美惠


この度、一般社団法人日本障害者歯科学会の理事長の責務を森崎市治郎先生から引き継いで担うことになりました。
私は平成15・16年に本学会の理事長を 務めさせていただき、今回またこの要職を仰せつかった出戻りであります。平成17年から21年に至る森崎理事長時代は、学会の法人化、全国9地域の地方研 究会の設立と設立後の密な連携の構築、障害者歯科指導歯科衛生士制度と認定歯科衛生士(障害者歯科)審査制度、など学会を協力に牽引され、学会編纂の「ス ペシャルニーズデンティストリー障害者歯科」を出版され、これらの結晶として会員数が4千人を超える大きな学会に成長しました。
障害のある人を中心にした医療とその家族を含めた生活を支援する医療を目指す本学会の理念から、新理事長として私は新たな決意を持って以下のような活動を進めたいと考えております。


  1. 障害者歯科は、スペシャルニーズのある乳幼児から高齢者まで多くの人に対して専門性が強く要求される歯科領域です。種々の疾病が原因となるスペ シャルニーズのある人たちのための歯科医療を担当するばかりでなく、地域で生活する中で、常に口腔の健康を維持するためのシームレスケアの実現に向けたシ ステム作りを学会が先頭に立って進めたいと思います。
    歯科界が地盤沈下していく中で、喫緊な対応が歯科全体に求められていますが、この地盤沈下の大きな原因の一つが、医療における歯科の役割について歯科界が 自覚に乏しいことにあると考えます。歯科医療を必要としている多くの人に歯科医療が届いていない現実に正面から取組んでいないことです。身体的、精神的、 心理的に種々の疾患がある多くのスペシャルニーズのある人に対して、口腔疾患の治療や口腔の健康の維持を目指したケアが医療・保健・福祉などの他の領域と 連携してなされることが少ない現状にあります。地域の中での連携医療が歯科領域に求められながら十分に応えられていません。
    障害者歯科は歯科医療領域では地域連携のフロントランナーとの自負があります。そこで現在障害者の歯科医療を担当している地域の歯科(口腔)センターをス ペシャルニーズのある多くの人に対応する歯科医療機関の中核として、地域病院や診療所と連携して、病院のクリニカルパスから地域のセンターへと地域連携パ スを結び、加えて歯科診療所へとパスを広げる連携医療システムを構築するお手伝いを学会が出来ないかと考えています。スペシャルニーズのある人のシームレ スケアを推し進めることは、歯科医療に課せられた責務であり、また、このようなことが歯科医療の魅力を多くの国民に感じていただく一つと考えています。障 害者歯科はその発信の先陣を切ることが求められています。
  2. 早急に対応しなければならない一つに、地方の障害者歯科の活性化があります。前段で記しましたスペシャルニーズのある多くの人のシームレスケアを 担うためには、認定医の少ない地方の活性化を推進することは不可欠です。スペシャルニーズのある多くの人が、いつでもどこでも質の高い歯科医療を受けられ るように地域活性化推進事業を推し進める必要があります。このために学会の果たす役割は大きいと思います。
  3. 指導歯科衛生士制度および認定歯科衛生士(障害者歯科)審査制度が平成20年に発足しました。歯科医師に対しては、認定医、指導医に続いてスペシャルニーズのある多く人への質の高い歯科医療の提供を目指して、認定医制度とともに専門医制度の発足を検討したいと思います。
  4. 国際交流では日韓アクションプランに続いて、東アジアの国々との交流を促進して、国際障害者歯科学会(iADH)の一つの拠点として、またアジア 地域の学術交流と研究発表の場として「アジア障害者歯科学会」の発足に向けて、韓国障害者歯科学会と共にアジア諸国に呼びかけ、両国の学会で発足のための 検討を始めたいと思います。

私が大会長を務めさせていただきました平成20年に開催された第25回日本障害者歯科学会学術大会のメインテーマは、障害者歯科への多くの期待を こめて「障害者歯科の近未来-チーム医療と国際連携-」とさせていただきました。スペシャルニーズのある人たちの多様な歯科医療ニードに対応していくに は、医療側の体制として職種連携を基にしたチーム医療の構築が必要とされます。生活者の視点に立った多様な医療・保健・福祉サービス領域で、他の医療・保 健・福祉関係職種と連携した対応が迫られる歯科領域のフロントランナーは、障害者歯科関係者ともいえます。そして、近隣のアジア諸国の障害のある人たちに 対する国際的な本学会の貢献も求められています。
日本障害者歯科学会の理事長として、第25回大会のメインテーマを少しでも実現するために、上記のような計画を会員の皆様と共に着実に進めていく所存です。よろしくお願いいたします。



平成17~21年度理事長挨拶

日本障害者歯科学会の運営にあたって

日本障害者歯科学会理事長 森崎 市治郎

平成17~18年の2年間,日本障害者歯科学会の理事長として会務の運営を委ねられることになりました.本学会には,障害者歯科医療研究会の発足から30年余の輝かしい歴史があり,また近年の会員数の増大と活発な学会活動をみますと,改めてその責任の重さに身の引き締まる思いがいたします.どうか会員の皆様には,今後も会務の運営に絶大なご協力,ご指導とご鞭撻をいただけますよう,よろしくお願い申しあげます.
本学会の特徴は,歯科大学・歯学部の講座を単位として構成されている多くの学会とは異なり,大学以外で障害者歯科に携わっておられる多数の臨床家が集まって構成されていることにあります.そのような特徴をもちながらも,本学会は会員の方々と歴代理事長の熱意と努力で,これまでで最大の国際障害者歯科学会を開催し,また日本歯科医学会の分科会として活動できるまでに発展してきました.これからも学会設立当初の精神と情熱を継承しながら,障害者の歯科保健,治療,教育と研究に貢献できる学会運営に努めたいと考えています.
新しい世紀になって,歯科医療界はますます厳しい環境に曝されていますが,日本障害者歯科学会にもさまざまな課題が山積しています.これからは以下のような点を重点項目として,本学会を運営したいと考えています.
長らく懸案であった本学会の認定医制度については,昨年度より稼働し,現在は暫定期間ではありますが順調に進行していると認識しています.今後も認定医,指導医,研修医療機関の認定および本制度の本格実施と更新に向けて,制度の整備,充実を図りたいと考えています.さらに,今後は専門医制度についても対応していかなければなりません.それには本学会の法人化と併せて考えていくことが必要であり,この件については状況判断をあやまることなく対応できるよう,前理事長の向井美惠先生に依頼し進めてまいります.
日本の障害者歯科の大きな特徴と主体は,都道府県あるいは市町村の単位で行われている障害者歯科センター(口腔保健センター)を中心とした診療体系ではないでしょうか.本学会会員のほとんどは,何らかの形でこのセンターでの障害者歯科診療にかかわっておられるものと思われます.このようなセンターのほとんどは,行政と歯科医師会の協力のもとで運営されていますが,現状ではその方式と診療内容はきわめて多様になっています.また,センター方式の障害者歯科診療の多くは開始から数十年を経ており,その運営方式や診療内容についても見なおしが必要な時期になっているのではないかと想像されます.これからは各センター間での交流,運営方法の改善,診療内容の向上などについて検討が必要であり,そのために学会として支援できるようにすることも,重要な課題の一つと捉えています.
歯科医療の一環として行われている摂食・嚥下障害の診断と治療は,障害者歯科に新しい領域を確立し,多職種との協力,協調によって,障害者のQOLを保障,支援する重要な分野に発展してきました.これからも摂食,咀嚼,嚥下という口腔の機能に不全のある障害者を対象に,積極的に指導,治療と研究を推進させていただきたいと考えています.
障害者歯科の対象には,歯科診療が及ぼす心身への負荷に耐えられず,治療拒否,逃避する患者さんが少なくありません.このような障害者に対しても,私たちはさまざまな理論に基づく行動調整の技法を応用しながら歯科治療を行っています.知的障害者や身体障害者にみられ,治療の妨げとなる不随意運動あるいは随意的な体動をいかにコントロールし,適切な歯科治療を行うかは,私たちにとって最も大きなテーマの一つです.そのために完全な薬物的管理のもとで行う全身麻酔から,意識下で行う鎮静,体動抑制や行動変容まで幅広い行動調整法が適用されています.行動調整法は治療の緊急性,患者の適応能力や処置内容に合わせて選択されますが,その選択と決定権が患者(家族)サイドに確実に保障されるよう,今後ともいっそう努めなければなりません.とくに,心的外傷を残しかねず,学習効果の得られない強制的な治療から脱却することは,21世紀の障害者歯科にとって最大のテーマではないかと考えられます.そのためには,開業医院などの個人レベルで対応できる診療,障害者歯科センターなどチームのレベルで対応できる診療,さらに専門病院や大学レベルで対応できる診療に,医療機関の機能と役割分担を図り,資源を有効活用することが必要です.歯科医療の従事者と機関が増え,また社会の障害者に対する意識変化が著しい今日,国際的な人権感覚をベースに強制治療とみられかねないような対応から脱却することは,これからの障害者歯科が先導すべき使命ではないでしょうか.
近年,教育現場では「特別支援教育」が強調され,普及,展開されようとしています.歯科治療を拒否したり,治療から逃避するのは,必ずしも重度の障害者だけに限りません.軽度障害者が明確に自らの意思を表示し,治療を拒否することも少なくありません.歯科保健指導や治療を要するこのような軽度発達障害者に対しても,私たちは専門家としてこのような障害者にも適切に対応し,発達支援を行うことが期待されています.
これからも本学会が,障害のある人と歯科医療に携わっている者の双方に意義のある活動になるよう運営したいと考えています.どうか会員の皆様からのご支援,ご指導とご協力をよろしくお願い申し上げます.



平成15~16年度理事長挨拶

日本障害者歯科学会のこれから

日本障害者歯科学会前理事長 向井美恵

平成15年から池田理事長の後継として日本障害者歯科学会の理事長の任を仰せつかりました。池田理事長時代には、念願の日本歯科医学会の分科会への加入が果たされ、学会認定医制度の発展へと着実に学会が発展してまいりました。今年の秋には東京都歯科医師会の貝塚大会長の下に、第20回の記念すべき総会及び学術大会が、文京シビックホールで開催されます。学会として20年の節目を迎え、これまでの20年の上に立って、障害のある人たちの健康の維持増進のために、本学会の果たすべき役割は大きく杜会から期待されているものと自負しております。
現在の日本は医療改革を始めとした杜会保障改革、医学教育を含めた教育改革などの構造改革の真只中にあります。そこで障害者施策のこの20年の歩みを振り返り、これからの障害者歯科を考えてみたいと思います。
我が国では,昭和57(1982)年「国連障害者の十年」の国内行動計画として、障害者施策に関する初めての長期計画である「障害者対策に関する長期計画」が策定され、平成5(1993)年からは、その後継として「障害者対策に関する新長期計画」が、ノーマライゼーションとリハビリテーションの理念の下でおおむね10年間を期間として施行されました。この新長期計画は、同年12月に改正された「障害者基本法」により同法に基づく障害者基本計画と位置付けられました。
このように施策が推進されてきた中で、新長期計画の後期重点施策実施計画として障害者施策としては始めて数値による達成目標が掲げられた「障害者プラン」が策定され平成14年度で終期を迎えます。そこで昨年12月に「障害者基本計画」が閣議決定されて平成24(2012)年度までの1O年間に講ずべき障害者施策の基本的方向が定められました。
国際的な変遷では、国連は1992(平成4)年に「国連障害者の十年」の終了を受けて、国連「障害者に関する世界行動計画」を推進するため「アジア太平洋障害者の十年」がスタートし、2002(平成14)年には日本の主唱によりさらに10年延長されました。また、WHOは1980(昭和55)年に国際障害分類初版(ICIDH:International Classification of Impairment,Disability andHandicap)を発表しました。ICIDHは「機能障害→能カ障害→杜会的不利」という障害の3階層を分り易く明らかにしたもので、翌1981年の国連国際障害者年の世界行動言十画にICIDHの「障害の3つのレベル」の基本概念が取り上げられ、多方面に非常に大きな髭響を与えました。障害者歯科を専門とする我々も大きな影響を受け、この基本概念に基づいて臨床・研究・教育を行ってきました。しかし、WHOは、障害と障害者に関連する医療・福祉・行政等の分野間、さらにはそれらの分野と障害当事者との間の「共通言語」の確立を目指して2001(平成13)年5月の総会において、ICDHの改訂版であるICF(International Classification of Functioning,Disablity and Health:生活機能、障害、健康の国際分類)を成立させました。ICFの中心となる新しい概念である「生活機能(Functioning)」とは、マイナスの包括概念である「障害(disability)」と対応するものとして新しく作られ、人間が生きることの総ての面を示すプラスの包括概念とされています。障害というマイナス部分を対象にするのではなく、障害から健康にいたる全般の生活状態を対象とした概念です。21世紀の障害者医療のあるべき姿を示唆しているものと思われます。
このような内外の状況を踏まえて、障害者基本計画が新たに船出します。残念な事はこの計画策定にあたって、歯科領域からの委員がいなかったからか、本学会が生活機能の中心をなすものと自負しています食行動や食機能を始め、歯科医療に直接的に関わる計画の記述がないことです。しかし、重点的に実施する施策の中に、障害の原因となる疾病の予防及び治療・医学的リハビリテーション、難治性疾患に関する病因・病態の解明や治療法の開発及び生活の質につながる研究開発の推進、精神障害者施策の充実などがあり、これらは歯科医療が関わる事でより充実した施策となるものと考えられます。ALSなどの難治性疾患に対する呼吸器感染予防のための口腔のケアやCVA患者さんへの嚥下補助床などによる機能援助は、障害者歯科医療に早急に求められてくるものと思われます。また、精神障害者の施設のみならず在宅援助における口腔のケア方法の確立と食事機能のリハビリテーションの医療支援も今後の課題です。
このような障害の生活援助の歯科医療対応にっいては、基礎的な研究が始まったばかりといえましょう。研究成果を基にしてICFに照らしながら、生活機能援助のためのガイドライン作りが急がれるところです。障害児の教育・育成施策における盲・聾・養護学校の支援についても、障害児の生活自立援助として、脱施設が叫ばれる今、これまでの施設での生活から杜会参加を大きく広げることを可能にする食事自立のための歯科医療からの教育支援は、その必要度が非常に高いと思われます。
これまでの障害者歯科医療は、う蝕、歯周病などの疾患の治療とその器官の健康を守るための取り扱いを中心にした臨床、研究、教育が主でした。もちろんそれらは、障害のある多くの人に今後とも必要である事は間違いありません。しかしそれらは、生活の質を高めるための目的ではなく、そのための過程です。今後の本学会の目指すものは、WHOから提示されたICFの示す障害観、障害者観に照らしながら、生活機能(Functioning)への医療サポートを通して積極的に地域歯科医療サービス体制を整えながら、障害者のQOL(生命の質、生活の質、人生の質)の向上に直接的に寄与する歯科医療の創造であろうと私は確信しています。